「食べる」技法を学ぶ

C子さんの体験 食べること―親指とお箸と食べもののことから

 
 食べることのクラスを始めて、今もっとも“ちがうなぁ”と感じるのは親指の使い方である。
“ちがうなぁ”と書くのは、ほんとうならば「変化してきた」と書きたいところを、
今のわたしは気づいたときにちょっとやめられるという程度のことだからである。

 わたしは、お箸を持っているときに、こんなに親指にちからをこめて
お箸に押しつけているとは思ったことがなかった。
 こんなにちからを押しつけていたら、お箸の先の、食べものにまできっと何かが押しつけられているだろう。
そんなことも初めて思った。

 先日、ひとりのお昼ご飯のときに、親指にちからをこめてお箸に押しつけるのをやめてみた。
親指はわたしが思っているよりずっと、外側にある。お箸全体をそっと包むほどの景色を、思ってみた。
 その日は、秋の空気感いっぱいの涼やかな風が窓から気持ちよく吹き抜けてくる日だった。
ちょっときもちよくて、そのこころもちの連続で、何だか”いつものまま”をやめてみようと楽に思えた。
 その親指とお箸で、大根の煮物を取り上げた。

 そうしたら。
 大根の煮物の水分と、じぶん自身の水分の、その波長のようなものがちょうどいいほどに、
ぴったりとそろったような気がした。そんな波長のようなものが、粒ぞろいのようなものが何かは
説明できないのだけれど、水分同士が呼応した感じがたしかにした。
だから、すんなりと眼からも受け入れられたし、口に含むときの安心感がとてもふっくりと自然で、
「たべていい、たべものが運ばれてきた」感じがした。

 じぶんが作ったふつうの煮物に感動した。
 それと同時に、そのおいしさがわたしの味付けの問題ではなく、土中で育った大根のこれまでのプロセスや、
火加減などいろんなものごとの協働作業を、ちゃんとひとくちのうちに感受していることに、
ただわたしが気づいただけなのだということも、わかったと思った。

 じゅわじゅわと大根の水分が、噛んでいるうちにもわたしに染みとおっていく。大変ありがたい感じがした。

 ひとりの、おかずも一品、あとはご飯と梅干しがあるだけの、簡素きわまりない昼の食卓が、
そのときのじぶんにとてもちょうどいいくらいに調和してあらわれてきた。美しいなぁと思うほどに、食卓と感じた。
いつもだったらおそらく食べものしか見えてなくて、満足のいく食卓とは感じられていないと思う。

 親指で何を押しつけていたのだろう。
 ”今ここ”を感じるセンス、空間全体、おそらく時間全体も押しこめて消していたとすら、言えるかもしれない。

食べものの味や香りや栄養といったことごとも含んだ、たべものの全体をなす豊穣な立体性も、消していたのかもしれない。
 
 押しつけるのをやめてみたら、大根の水分とじぶんの水分がいっしょにいるうれしさに満たされたようだった。
それらは噛んで飲み下しても、なくならないものだった。どっちも何かがそろっているので、
食べることが消化へ向かう行為のなかで、どんなにちいさく微細になっていってもつづいていく協働作業という感じがした。

この記事のURL

B子さんの体験


わたしは食事、あまり得意な方ではありません。

 1 生まれて30日後に胃の異常が見つかって手術したこと
 2 ずっと食が細くて、たくさん食べられなかったこと
 3 子どものころ調子づいて食べると手術の跡がつっぱれて不快だったこと
この3つが身体のことです。

 1 両親はしつけが厳しく食事時はダメ出しされたり、叱られていることが多かったこと
 2「たくさん食べるように」「残さず食べるように」「早く食べ終えるように」家や学校で強要されたこと
これがハートのことです。

いまでも緊張すると胃に力を入れるクセがあって
 1 会社関係の人との無礼講な席で、あれこれ、踏み込んでこられるとき
 2 食事のペースが速い人を待たせてしまうとき
 3 残したらお店やご馳走してくれた人に申し訳ないと不安なとき
 4 フレンチなど、自分の食べる分が決まっていて、さらに何皿続くのか
わからないときなど食が止まってしまいます。

だけど「残してもいい」「じぶんがおいしく食べられる範囲で食べる」「食べて
いる体裁をとって質問をさらっと無視してもいい」と
[自分本位]の軸にしたら、気分は少し余裕です。

ワークショップに参加したとき、「食事がコミュニケーションのカクレミノになるから楽」という話が出て
コミュニケーション+食事でダブルパンチになることがあった私は新鮮な発想でした。


こう思うと、呼吸や食事、愚痴を聞いたり、それぞれのシーンで、それぞれの背景があるけれど
共通しているのは(わたしの場合)[じぶんを他人に空け渡していた]ことです。
「謙虚さ」や「従順さ」の加減を知らなかった、こと親子関係においては暴力も多かったので、
ニンゲンにおびえている部分も否めません。

わたしは「愚痴を聞く」レッスンの時に、左足首をひざから内に入れて、肩をいからせて、
人差し指を立てていることに気がついて「そうしないパターン」を知りました。
「楽だなー、べつに、りきむことなかったんだー」家に帰ってルンルンでごはんを食べて、お風呂に入って、
眠って起きた次の朝、突然泣けて泣けて、その日のレッスンに行くのは、とても大変でした。

無意識だったけど「じぶんの身体の痛み」を感じることが、唯一「自分の証を感じる」方法だったからです。
それを無くしたら、もう死んでるのと一緒だと思えました。

それから4ヶ月くらい経って、そういえば、これを書きながら「あのポーズしなくなったなぁ」と。


私にはそれは、どういうわけか、まだわからないし、何度かこの続きを書いてみたけど、
おりこうさんで優等生な文章になってしまい、気に入らないから、今はここでレポートを終わりにします。

この記事のURL

A子さんの体験③ 一流品にふれられない


今日はレッスン日でした。

レッスン生のBさんと帰りの電車が一緒でした。

エコについてお話しました。

Bさんはいかにも節約しているというのは苦手の様です。

自然とやっていることが節約につながっていた!という感じが理想的らしい。

節約を前面に出すスタイルだと一流品にふれられない気がする!と言っていた。

「一流品にふれられない気がする」という言葉が私の心に響いた。

食料品など○○円引きとか○割引というシールが貼ってある商品が大好きな私です。

値下げした物がいけないわけでは全くない。

けれど、たまには高級品や一流品?を買うことを自分に許したい。

私は質より量を選ぶ傾向にあります。

量より質を選ぶと満足感に違いがあるかもしれないと想像します。


明日も京都でレッスンです。

「京都の朝はイノダから」と言われるぐらい有名なコーヒー店があります。

そこのモーニングが前から食べてみたい!と思っていました。

1200円ぐらいらしい。

私にとっては高い。マクドなら3回食べられる・・・。

でも、たまにはいいよね!自分に贅沢することを許してみよう。

明日の朝は私にとって高級なモーニングを食べに行ってみようと思います。

ただし、早起きできればの話デス。

(④に続く)

この記事のURL

A子さんの体験② 食べ過ぎてしまうのはどんなときだろ?


「食べ過ぎてしまうのはどんなときだろ?」

食べ過ぎてしまう日はどんな日なのか・・・考えてみました。

一言で言えば、ストレスを感じた日。
  
人生思い通りにいかないことが沢山あります。 

お弁当に入れる玉子焼きをこがしてしまうこともある。。
楽しみにしていた約束をキャンセルされてしまうこともある。
友達とうまくコミュニケーションがとれず気まずくなることもある。
仕事でミスをすることもある。
好きな人に振られてしまうこともある。
病気になる事もある。

上記のストレスとは違うストレスについて書いてみます。
今日の仕事中に気づいたことです。
私は事務仕事が嫌いです。 
その事務仕事中に「今、とても安心感があるな。何でかな?」と思いました。
しばらく考えました。
いつもの自分の机で書類を書いていました。
前に座っている人もいつもの社員です。
何にも状況は変わりません。

今度は自分を観察してみました。
すると「手首が机の上についている」に気づきました。だから安心感があるのでした。

この人は何を言っているのだろうか?と思われてしまうことでしょうね。

私が今まで書類を書くときはペン先は紙についているけれど、
手首は浮かしていたのです。手首だけではなく、肘も肩も持ち上げていたのです。
そりゃ、そんな身体の使い方をして書類を書いていたら不安にもなるでしょう・・・と自分にツッコミ入れたくなります。
もちろん無意識にやっていたことです。
今週の土日アレクサンダーのレッスンを受けました。
かなり集中的に手首のことを学びました。
ちゃんと私の手首さんは理解してくれていたのですね。
こんな時は言葉に出して思いっきり手首さんを褒めてあげるといいらしい。
「手首さん、、ありがとう!」って。
もちろん、私も褒めてあげました。
私はどうやら自分でストレスを沢山生んでいるみたいです。

今は沢山食べて、指を突っ込み吐くことはしなくなりました。
ただ、ストレスを感じた日は、過食傾向にあります。認めます。

不安を感じる身体の使い方(手首を浮かした書類を書く)より
安心を感じる身体の使い方(手首書類の上につけて書く)方を選択したいです。

もう自分に自分でストレスを与える生き方はやめようと思います。

(③に続く)

この記事のURL

A子さんの体験① 秘密厳守の場所

 
アレクサンダー・テクニークを学ぶA子さんの「食べる」ことについての変化のプロセスを、ご本人の体験談でご紹介します。
シリーズで掲載していきます。

*  *  *  *  * 

「秘密厳守の場所」


初めて食べ吐きをしたのは20才の頃でした。
その頃、会社の寮で生活をしていました。
仲の良い友達が4、5人いました。

仕事から帰り誰かの部屋に行き一緒にご飯を食べるのが楽しみのひとつでした。

ある日先輩が作ってくれた雑炊を食べお菓子をつまみお腹が一杯になりました。

「苦しい…吐きそう」そしてトイレに行って吐きました。

雑炊は水分が多いので指を突っ込んだら簡単に吐くことが出来ました。

食べ吐きを始めた頃は食べたいものを思いっきり食べて太らない!一石二鳥の技だ!ぐらいの感覚だったと思います。

そして吐く場所はトイレ。

声さえ出さなければば誰にも知られない「秘密厳守の場所」バレないということにすごく安心したのを覚えています。

食べ吐きが習慣となり約8年も続くとは夢にも考えたりしませんでした。

(②に続く)

この記事のURL
最近投稿されたコラムを読む
レッスン日程

2016年10月のアレクサンダー・テクニークのグループレッスン日程です。アレクサンダー・テクニークにご興味をお持ちの方でしたら、どなたでもご参加いただけます。...

「食べる」技法を学ぶ

  食べることのクラスを始めて、今もっとも“ちがうなぁ”と感じるのは親指の使い方である。“ちがうなぁ”と書くのは、ほんとうならば「変化してきた」と書きたいとこ...

 
このプロの紹介記事
新海みどり しんかいみどり

心と身体の負担を減らせるよう、動作、姿勢、感じ方をアドバイス(1/3)

 「物を持つとき、どこに力を入れていますか?」。新海みどりさんは、例えばこんなやさしい問いかけとともに、身体の動き方、自分自身の使い方を指導しています。悩みを持つ人は解決の方向に、望みがある人は達成できるように、心と身体を導いていくのです。...

新海みどりプロに相談してみよう!

京都新聞 マイベストプロ

身体の動き方、自分自身の使い方を提案し、気づきをもたらす

会社名 : アレクサンダー・アライアンス・ジャパン京都校
住所 : 京都府京都市左京区一乗寺地蔵本町34-2 ファミールメゾンたけはし1B [地図]
TEL : 075-723-5433

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

075-723-5433

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

新海みどり(しんかいみどり)

アレクサンダー・アライアンス・ジャパン京都校

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる
プロのおすすめコラム
桃の節句にお勧めスポット

新海みどりです。昨日は桃の節句。京都の東福寺の南門の前に、桜に見えるような桃があります。大きなこんも...

ビジネスシーンでの自分自身の使い方を学習するーアレクサンダー・テクニーク

7月25日(日)記今、Eschwege(発音できないのでドイツ語で)の駅からフランクフルト中央駅に行く電車の中で書...

ドイツ Germerodeから 4
イメージ

ドリスです。2年前に卒業して、アレクサンダー・テクニーク教師 と言語聴覚士とを仕事にしている人です。ケルン...

ドイツ Germerodeから 3
イメージ

この女の子は、アンゲラの娘のハナです。他はミリアムの娘のソフィア。さっきのクラスでソフィアが骨格標 本を...

ドイツ Germerodeから 2
イメージ

7月17日(土)昨夜は夕食後、昨日、集まった卒業生たちとビールやワインを飲みながら、外の芝生の上でおしゃべ...

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ