コラム

 公開日: 2011-04-01 

武田信玄の上洛その1


甲斐の寅虎武田信玄は戦国時代の伝説的戦国大名である。戦国時代の最強武将上杉謙信が隣国にいなければより領土を拡大できたであろうことは想像に難くない。

 ただし、信玄が天下を狙っていたかどうかというと、この点は論者によってまちまちである。
 よく戦国時代を語るときに、戦国時代の群雄は全て天下に号令することを望んでいたなどという紹介がされることもあるが、事実はそうではなかろう(作家の井沢元彦氏も逆説の日本史でそのように述べられているし、私もそう考えている)。関東の後北条氏においては、関東独立国家のようなものを打ち立てることを目標にしていたであろうし、上杉謙信に至っては足利幕府を再興(謙信が存命中は倒幕はされていないので、全盛時の状態に戻すという程度の意味だが)することを目標にしていたと思われる。
 行動の初期より明確に天下を取ろうとしていた戦国大名はただひとりであり、それは織田信長である。
 桶狭間の戦いで今川義元を破った後、信長が通常取るべき行動は三河の併呑である。しかし、信長は敢えて松平元康(後の徳川家康)と攻守同盟を結び、より強大な美濃を併呑を画策した。

 ところが、信玄は行動を見ていると、天下を狙っていた形跡は伺えない。信玄が父信虎を追放してクーデターを起こして家督を嗣いだ時点で、甲斐は痩せた土地であり、南ないしは関東平野を攻略してそちらに伸びていくということは難しい状態であった。南には今川義元が、関東平野には北條氏康がいたからである。
 甲斐だけでは領民を食べさせていくことは出来ないし、甲斐には飢饉がたびたび起こったようであるから、土地が肥え、しかも群雄が個別に割拠している信濃を攻略に向かったことは初期の行動としては戦国大名としてはやむを得ないだろう。そうしなければ、他の群雄と肩を並べられないからである。

 ここで信玄は失敗を起こすのだが、北へ北へ伸びていった結果、川中島まで侵略して、長尾景虎(後の上杉謙信)を敵に回してしまうのである。いかに正義感の強いといわれた謙信であっても、信玄が越後の国境近い地域までを侵略しなければ、討って出てくることはなかったものと思われる。一説には、越後を併呑して、日本海へ出、海上貿易の利が欲しかったのだとする説もあるが、信玄の諜報網からすれば、それほど謙信がたやすく屈する相手かどうかはわかったはずである。あるいは、破竹の信濃進撃で、信玄も奢っていたのかもしれない。

 ともあれ、信玄は世に稀な領土欲を持たないといわれた義将の謙信と戦うはめになってしまったのである。
 信長が、陰では信玄と謙信をバカにしながらも、信玄と謙信宛の手紙では極めて卑屈にへりくだり、時機到来までは敵に回さないように、回さないようにした策と比較すればその下策であることがわかろうというものである。ただ、当時は南と関東に進撃することが出来なかった為、北に進撃するしかなかったとの擁護意見はありうるところである。

 信玄が信長から贈られた贈り物で漆塗りの器があったため、信長の心底を確かめようと器を削ったところ、何重にも丁寧に塗られた器であったことや、信長のへりくだった手紙を見て、「信長は信頼すべき武将だ」ところりと騙されているところも信長の方が上手である。

 その信玄は今川義元死後、今川との同盟を破棄して駿河に攻め入り支配下に置くのであるが、いよいよ1572年に一般的には信玄の上洛作戦と言われている軍事行動が開始される。
 それでは、この信玄の遠征は上洛を予定したものであったのか?
                                      ~つづく~

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