コラム

 公開日: 2011-04-04 

武田信玄の上洛その2


武田信玄は上洛する意図があったのか?
 後編である。

 最初に答えを(あくまで私見だが)書くと、答えは「否」である。
 

 最大の論拠は武田軍では兵農分離が進んでおらず、農閑期にしか兵を動かすことが出来なかったという点である。
 この時期、兵農分離が出来ていた軍隊は織田信長軍しかない。これは織田信長の圧倒的な経済力によって傭兵軍団を雇えていたから実現したものだといわれている(そのため、忠誠心がなく、信長が本能寺で死ぬと、四国に渡海予定だった織田信孝軍は瓦解している)。
 信玄は基本的に大がかりな軍事行動は農閑期にしか行えないのである。信長のように、常時兵を動かすことは出来ない。農繁期に兵を動かせば、それはその年度収穫が大幅に減少するということであり、手作業に頼っていた農業期に軍事行動を起こすということは、国の根幹を揺るがす事態であったのである。
 信長の領国を農閑期に全て制圧し、京に旗を立てることは(長期的にはともかく)、元亀遠征のこの時期だけには不可能である。
 威力偵察に過ぎなかったという説もこの点を論拠にしているのではなかろうかという気もするが、威力偵察にしては軍事行動が3方面に行っているので、信長の勢力圏を大幅に削る意図はあったものと思われる。しかも、それは、越前の朝倉氏などとの共同作戦だった。多方面から進行することで、信長の勢力圏を削り取り、信長の名を地に落として、今後の作戦展開をさらに有利にすることが目的であったと私は考えている。足利義昭としては、京まで信玄が来てくれることを望み、信玄もこの意向に沿う回答はしていたであろうが、前述の理由で現実的には京までの遠征軍は困難であったと思われる。

 朝倉、浅井、武田、本願寺の共同作戦により信長が動けなければ、徳川家康も武田に服従せざるを得ない場面も出てきたであろう。
しかし、信長は、家康に、「浜松城から動くな」と命令(ある時期からは家康は従属的同盟者になっている)していたことも、信長としては、「武田は農繁期になれば兵を引かざるを得ないから、その間持久戦で持ちこたえれば、勝機はある」と考えていたことの裏付けと考えている。
 ただ、家康は時に正気を失うので(本能寺の変を聞いた時にも、本能寺に行って腹を切ると家臣に言ってうろたえている。伊賀越えの時にも1人で太刀を抜いて地侍の集団に切り込もうとしたり、関ヶ原の戦いの直前にも刀を抜いて使い番に斬りかかろうとしている)、浜松城から野戦をしかけて、大敗を喫するのである(三方原の戦い)。
 しかし、後年、自らの領国に信玄が来たときにも戦いをし向けたということで、敗北したにもかかわらず、戦いをしかけたことで家康の評価は上がったのであるから、家康なりの計算があったのかもしれない。

 信玄は元亀遠征途上、体調を壊し(鉄砲で狙撃されたという説もある)、駒場で死ぬのだが、謙信といい、信玄といい、信長にとってあまりにもいいタイミングで戦国のこの両雄が死ぬのだから、信長がいかに「ついて」いたかがわかる。
 そこに信長の配下の忍者に凄腕の暗殺者がいたと仮定すれば時代小説がかけるだろうが、寡聞にしてそのような作品は知らない。

 信玄については、私のファンである謙信のライバルということもあり、またいずれあらためて書きたいとも考えている。
 なお、私は歴史家でもなく、単なる戦国時代好な弁護士に過ぎないので、学問上どうだこうだとかいうのはどうか言わないで欲しい。あくまでこれは私が読んだ作品や史料などから考えている私の「私見」であるので。

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